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フォーカシングのパートナーシップとはどんなことなのでしょうか?

   この国の至る所においての多くの人々がフォーカシングのパートナーシップを持っています。これはどういう意味を表わすかといいますと、これらの多くの人々は半分の注意の時間をもうひとりの人から受け取り、そして、その後、彼らは自分たちの半分の注意の時間をその人に与える(少なくとも定期的に一週間に一度[本人自らによってか、あるいは、電話によって])ということです。ほとんどの人々は彼らのその日の主な関心事(それは内的な体験<人間として成長するための彼らの試み>であるかも知れませんし、または、書こうとする難しい手紙であったり、あるいは、仕事において行なうべき次の事とか、あるいは、人々が最も重要だと考える何でもであったりします)について働き掛けるために時間を使います。
  あなたのパートナーは忠告も判断も意見も与えません。私たちは、もしリスナーが何かを追加することを差し控えれば、人々はより深く考え、そして、創造力のある段階へ到達するということを学んで来ました。判断、忠告、意見などは聞かれている人でなく、それらを与えている人を表明します。あなたのパートナーはあなたの話が表面的であるとか、それは賢明なことではないとか、あるいは、あなたは間違っているとか弱いとか利己的であるとか言いません。また、そのパートナーはあなたやあなたの言うことについてのある事を誉めたり、また、他の事を非難したりはしません。パートナーたちはあなたが前に言ったことを言換えることができるように、あなたについて行けない時だけに話すことを必要とします。しかし、彼らは親密な注意を払い、そして、あなたが意味することのあらゆる微細な点を把握することを望みます。あなたが言ったことにより深くつっこんだり、探ったり、押し進めたりする試みはありません。大切なことは[あなたが言おうと思うこと(あなたが伝えたいと願うこと)]です。
 時々、パートナーたちは繰り返しの返事をし、「あなたは_____と言っているのですね」と言って確かめるかも知れません。もちろん、彼らはただ言葉を繰り返すだけではありません。先ず最初に彼らはあなたが言ったことを取り入れます(「ああそうだ分る」とうなずきが起こるようになるまで自分たちの中でそれを感じる)。その後に初めて、彼らはあなたがそれを感じ、また、それを訂正できるように(あなたが厳密に伝えようと思うことになるまで)それを言い返せることになるでしょう。この「反復的傾聴」は誰でもが学ぶことのできる技術です。しかし、ほとんどのパートナーたちはあなたについて行っていた時やそうではない時を単に知らせるだけです。
  あなたは、普通には他の人々が何かを必要とし、また、求めたり、あるいは、何らかの方法によってあなたに影響するという理由によって、大抵の場合にはあり得ないように自分自身であるというように思うでしょう。また、あなたが一人だけの時には同じように深く、また、容易に自分自身を感じることはできません。
 もしあなたが一緒にいるあなたのパートナーと共にある仕事の問題について話したり、または、ただ静かに考えるだけでさえも、あなたはそれについてより明らかに考えることができるというように思うでしょう。もしあなたが自分を幸せにさせる何かについて話せば、それはより大きくなり、そして、より幸せにさせるというようにあなたは思うでしょう。もしあなたが個人的な問題について話せば、この様な安心できる注意によって心の中に入ろうとするように(そこにおける未解決な問題)なれるとあなたは思うでしょう。
  新たな段階や行動の可能性があなたが以前にはとどまっていたところを開きます。たとえあなたが大部分の間に静かで、そして、何かに静かに働き掛けているということを言うだけでさえもこれは起こります。       
 次に、あなたたちは役割を反転します。今度はあなたがリスナーです。あなたは賢明であること(その人が何をすべきか、あるいは、どの様に生きるべきかを知っていること)は期待されません。あなたはその人が感じることとか言うことに同意したり、あるいは、賛成したりする必要ありません。あなたはそれを理解するかどうかを感じるためにそれを取り入れるだけです。あなたはそれを少し思案し、そして、その人が言おうと思うことをあなたは確かに(その通りに)分っているかを見付けます。あなたはその人の意味や感情が実際に現れるように十分な注意と存在とを差し出します。しかし、これらはしばしば
  その人の心の中でまだ当惑させていて、そして、はっきりしてはいません(そのために
それらについてさらに深めるための方法が開始するように幾らかの沈黙の時間がその人のために必要とされます)。あなたはこれを分るので沈黙してしばらく座ることを気にしません。あなたは言いたいことだけを声を出して言います。

パートナーシップの型式

 話を聞かれる人が主導権を握ります。私の半分の時間は自分のためです。
自分はそれをフォーカシングやリッスニングのために使う必要はありません。私は自分が望むように時間を使います。
 私は自分の半分の時間において幾つかの困っている状況のことを話すかも知れません。私は何かについて知っているあらゆること、あるいは、少しだけを話すかも知れません。私はどの様な状況が関係するかをあなたに知らせないで深い感情のことを話すかも知れません。その様な方法によって、情報を共有するための必要なく自分が決めることができます。私は自分が快適に話していることだけを話します。私は幾らかの時間(あるいは、
全体の時間)に静かにフォーカスし、そして、あなたの静かな注意だけを求めるかも知れません。私は仕事を旨く行い続ける方法を見つけ出すために仕事の問題の詳細を説明したり、あるいは、ある話しをあなたにしたり(政治や幾つかの他の話題について話したり、
または、私が受け取った手紙を読んだり)、あるいは、幾枚かの写真を見せるかも知れません。
 パートナーたちは沈黙していること、あるいは、言いたいことだけを話すことの自由を
持つことにします。従って、自分の交替時間が開始する時、私は自分の時間がなんと魅力的であるのか(自分だけのために解放されている)を感じます。自分は求めることを直ちに分り、そして、きっかりと始めるかも知れません。あるいは、自分は細かく検査すること(自分は何を求めるであろうかを考えること)に少しの時間を過ごすかも知れません。
「自分はこれのことを話そうかな、いや、もしかしたらあれのこと、では、あるいは、先ず静かにフォーカスして、〜そうだね〜」などと考えるでしょう。私はこれらのどの様なことも話すことができます。
 [時間は厳密に半分に分割され、そして、私たちは時間の決め方を維持します。]
私たちは時間の厳密な決め方を保ち、そして、時間が終わった時には相互を止めます。
初めにおいては、そんなに厳密に時間を分割し、そして、維持することは[機械的]で、また、非人間的であるように見えるでしょう。しかし、それが行なわれなければ、一人がより多くの時間を取り、そして、もう一人はそれで大丈夫と丁寧に言わされます。それ故、ひとりのパートナーがより思いやりのある人とか、より不快感を与える人、または、より重要であるとか、あるいは、どの様にもならなくてなりません。幾人かの人々はもうひとりの人から余りにも多くの時間を取っているのではないかと絶え間なく心配していました。
  従って、深い平和はありませんし、また、人々はできるだけ速く止めます。平等は外観では表面的な時間の分割と共に生じることである非常に奥の深いことなのです。

どの様な人がパートナーになれるのでしょうか?

  パートナーシップはあなたがフォーカシングとリッスニングを少なくとも少しは知っていることを前提とします。もしあなたはその経験を持っていないのであれば、以下の幾つかの方法によってそれを修得することができます。

・ このサイトにおける6ステップを読み、そして、それらを印刷し、そして、それらを友人と共に試みてください。

フォーカシングについてのビデオを読んだり、あるいは、注意して見たりし、そして、    
 それをあなただけによって、あるいは、友人と共に試みてください。

レベルⅠ、あるいは、レベルⅡのワークショップを受けて下さい。それらは世界中で提供されます。

フォーカシング・パートナーシップのコーチの付く数回の個人教育の講習会に出席して下さい。

・ あなたが少しのフォーカシングを知るようになった後、あなたのパートナーシップを 仕上げ、そして、それの良い出発をするためにあなたは私たちのオンライン・パートナーシップ・プログラムを利用することができます。

 半分の時間を分割し、そして、それを所有するというパートナーシップの型式は現在では多くの相違する種類の設定において用いられています。
それは、二人は親密な関係にはないが、両者ともフォーカシングを実に理解する場合、最善に機能します。他のいろいろな方法によって関係する人々もパートナーになれます(それはより難しくなるけれど)。
 協力し合う二人は昼食の時とか仕事の途中でパートナーシップの型式を使用するかもしれません。毎日10分間の交替でさえも仕事におけるストレスを減少させることができます。
商業や実業に従事する人はフォーカスして、仕事の問題における次の手段を見付け、そして、どの様にそれに取り組むかを既に知りながら、仕事を達成することができます。
ソーシャルワーカーや看護士は他の人々のためにずっと働くだけの代りに自分だけのために幾らかの時間を受け取ることができます。
 大学の課程においては、学生たちは授業の外で二時間会う2人組を結成することができます。授業はどんな科目でもいいです。授業は学生のいつもの負担であることからは変ります。これによって授業は生活の支援のための源泉です。学生たちは授業の科目を理解するためやより良い論文を書くためにお互いを助けながら幾らかの時間を過ごします。しかし、彼らは彼らの時間の半分が自分のものだということを知っています。
課程の科目だけでなくどんなことのためにも同じ様に公正に使えなければ、それは正確なパートナーシップではありません。
 既に自分の人生のパートナーである人がフォーカシングのパートナーにもなれるのでしょうか?ある人々は現存する愛や友情の関係にパートナーシップの時間を追加することは非常な助けになると思っていますが、それは裏目の出るとか最初の瞬間から完全に不可能ということになり得ます。いずれにしても、フォーカシングのパートナーシップを構成する中立的で開放的で純粋な注意を与えることとか与えられることをだれでもができることではないということをはっきりと知っていなければなりません。人生のパートナーシップにおいては、各々の人はもうひとりの人の意味を聞くことや感じることはできますが、また、決して、自分たちの人生がそれらの意味によってどの様に影響されるのかと感じないことにはなりません。

それは安心できるでしょうか?

  あなたは自分が知っているだけしか知らない人(もしかしたら、ずっと少ない)に自分自身を任すことができるでしょうか?信任は確かに発達しますが、パートナーシップにおいては、あなたは自分自身をどんな人にも委任しません。もちろん、あなたはあなた自身の人生やその経過を預かるままでいます。
 人々は自分たちの人生の運転者の座席から移動されることは実際にはあり得ません。
フォーカシングのパートナーシップにおいては、各々の人はもうひとりの人は権威者ではないということをよく知っています。お金は取り交わされてはいません。誰も専門家ではありません。愚かなどんなこともそれとして容易に明らかにされ、そして、捨てられます。パートナーからすれば、多くの患者たちが保証された専門家と何年間もやり通すことに十分間も耐えられないでしょう。パートナーシップにおいては、それが誰かを傷つけるようになるであろうずっと前に、その人はパートナーたちを変えますし、あるいは、単にそのパートナーにもはや会いに来ません。
 パートナーシップは相互の心理療法ではありません。パートナーシップは新しい型式です。パートナーシップはあなたが自分自身であるために安心できる特別な関係です。それは共感とか関心のある共通の話題などに基礎付けられてはてはいません。それはどの様な内容にも少しも基礎付けられません。それはある種の過程を互いに共有することに基礎付けられます。あなたの仕事の生活や内的な生活は仲間を持ち、そして、踏み込まれません。あなたはどんな特定のパートナーシップのあなたへの有効性については自分の評価をしなければなりません。感受性、内密性、そして、深く感じられる倫理性などはほとんどあらゆるパートナーシップにおいて普通発達します。

訓 練

  私たちは訓練がフォーカシングとリッスニングのために絶対に必要であることは分っていますが、ある人がどの様にその訓練を受けるかについては構っていません。訓練されたフォーカサーとかリスナーがパートナーを訓練すること(非公式に)は全く起こりうることです。実際、非公式な訓練が一つの最良の種類です。要求も圧力もありません
(ある人がもうひとりの人に、フォーカシングとリッスニングが起こりながら、適当な時機に自分が知ることを与えます<少しずつ>)。
 ある人は新しいリスナーに次のような言うべきことだけを少しの時機において知らせることができます(「これから私はあなたに私に言い返すことを求めます。あなたは〜〜という理由で、何をするべきかについては余り自信がないでしょう。」と。それから、後になって、リスナーが何かの押し付けを私に言う時、私はわずかに「そうではありません。私が働き掛けていることから私を離さないでください。私にそれにさらに入り込ませてください。ただ私に「それはあなたを怖がらせるのですね」とだけ言って下さい。」と言います。
  リスナーは「それはあなたを怖がらせるのですね」と言うことを少し不自然に感じますが、私がその後、自分自身の中に黙って入り込んで、そして、より多くのことを見出す時、リスナーは喜びます。私に物事を言おうとする強い要望は直ぐになくなります。
  私たちが自分たちのためにフォーカシングをすることができるようにするだけのためにパートナーを訓練することはより容易でさえあります。それは静かな注意のみを必要とします。そうすれば、私たちは自分の時間においてフォーカスすることができます。
私たちはパートナーの半分の時間において少ないフォーカシングの知識を与えることによってフォーカシングを教えることができます(それが歓迎される時)。
 フォーカシング・インスティチュ−トや世界中のフォーカシング・インスティチュートのトレーナーたちはフォーカシングとリッスニングの技術を訓練するためにワークショップや個人の面談を提供します。

私は誰かのパートナーになるために必要とすることを持っているでしょうか?

 二つのことが必要とされます。――しかし、あらゆる人間はそれらを持っています。
必要なことの一つは黙る能力です――静かにし続け、押し付けのない相手になることです。もうひとりの人が話している時、私たちは何かを押し付けるという強い要望を抑制します。それは私たちの多くの優れた考え、解釈、提案など、そして、親しみのある安心を与えることとか同様な状況で自分が行なったことを言うことの私たちの願望を放棄させることを意味します。そして、それはもうひとりの人が静かな時には何か興味のあることを聞くことではなくて、私たちの注意をその人に保つことを意味します。
 もう一つの必要なことは人間の仲間になろうとすることです。あなたはこの能力を持つことには失敗することはあり得ません(あなたも人間ですから)。それは良い人間であるとか、賢明な人間であるとか、あるいは、何か特別な性質を必要としません。また、それは何か特別な在り方、または、その人の人情味を表わすことも必要としません。ただ、そこにおいてあなたであるだけなのです。

(翻訳 大田民雄)
 

このページは、 2005-04-06 に、更新しました。
This page was last modified on April 06, 2005

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